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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1260号 判決

原告 茨田尚

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 小室貴司

被告 安藤工

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 本田敏幸

主文

一  被告安藤靖は、原告らに対し、別紙物件目録記載二の建物を収去し、同目録記載一の土地を明け渡せ。

二  被告安藤工及び同株式会社安藤製作所は、原告らに対し、別紙物件目録記載二の建物より退去し、同目録記載一の土地を明け渡せ。

三  被告安藤工は、原告らに対し、昭和六〇年一二月四日から右土地明渡し済みに至るまで、一か月金四万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨及び仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件土地所有権及び本件賃貸借契約)

(一) 原告らは、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を共有しているが、昭和六〇年二月二八日、被告安藤工(以下「被告工」という。)に対し、本件土地を以下の約定で賃貸し、これを引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

① 賃料 一か月金四万二〇〇〇円

② 賃料支払時期 毎月末に翌月分を持参払

③ 期間 契約締結時より二〇年間

④ 目的 普通建物所有

(二) (本件特約)

本件賃貸借契約締結にあたり、原告らと被告工の間で、原告らは、被告工が本件土地上に訴外シンワハウス株式会社(以下「シンワハウス」という。)の規格建築総合カタログ八頁記載のHD型ハイデラックス(以下「HD型」という。)を建築することを認め、被告工が右用法に違反したときは、原告らは、催告なくして本件賃貸借契約を解除し得る旨の特約を締結した(以下「本件特約」という。)。

2  (本件建物)

(一) 被告安藤靖(以下「被告靖」という。)は、被告工から本件土地を無償にて借り受けてその引渡しを受け、昭和六〇年八月ころから本件土地上に別紙物件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)の建築を始めたが、本件建物は、左記のように、本件特約で建築が認められたHD型ではなく、かつ堅固建物である。

(1) HD型は、コンクリート布基礎、軽量鉄骨造の簡易なプレハブ建築である。

(2) 本件建物の基礎は、地表から約一〇五センチメートル掘下げた地面支持ベタであり、基礎部分と建物の支柱の接合力を高めるために、頭つきスタッドが用いられている。

(3) 構造は、鉄骨造りであり、鉄骨、鉄材の接合には工場溶接ないし接合力の強いハイテンションボルトが用いられているため、解体収去は極めて困難である。

(4) 鉄骨及び鉄材の露出部分には、石綿を吹きつけるなど、耐火性についても十分配慮されている。

(5) 二階床及び屋上は、デッキプレートの上に約一〇センチメートルの厚さにコンクリートが敷かれており、解体収去を前提とした構造になっていない。

(6) 本件建物の価格は約四五〇〇万円であり、本件建物と床面積を同じくするシンワハウス製HD11型(単価六六一万円)の約七倍である。

(二) 以上のとおり、本件建物がHD型ではないことは勿論、堅固建物であることは明らかであり、また、耐久性、堅牢性のみならず解体収去の困難性、価格の高額性のいずれの見地からしても、HD型を大幅に上回るものである。

3  (解除の意思表示)

原告らは、建築途中である昭和六〇年一一月二〇日到達の書面にて、本件建物の堅固性等につき被告靖に釈明を求め、同月二七日同人と面談し、五日間の猶予を与えた上で対応を求めたにもかかわらず、被告らは誠意ある回答を提示しなかったので、原告らは、同年一二月四日到達の書面にて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  (信頼関係の破壊)

(一) 本件土地の賃借権は、訴外稲葉(以下「稲葉」という。)より対価四二〇〇万円で被告工が譲り受けたものであるが、原告と稲葉との間の賃貸借契約は非堅固建物の所有を目的としたものであり、従って、右対価も非堅固建物の所有を前提とした廉価なものであった。

しかも本件特約は、被告らが右賃借権譲渡に際し、本件土地上に従来存在していた建物をプレハブに改築したい旨を原告らに申し入れてきたので、「プレハブ」の概念が曖昧であることを危惧した原告らが、被告らにこれを明確化するよう要求したところ、被告靖からHD型を建築したいとの回答があったので、原告らがこれを了承するという経緯で締結されたものである。右のとおり、本件特約は、本件土地上に建築すべき建物を明確にするため、原告らと被告工との間で弁護士立会いの上で公正証書をもって締結されたものであるにもかかわらず、被告靖は、敢えてプレハブ軽量鉄骨造のHD型ではなく、堅牢性等において大きな差異のある堅固建物である本件建物の建築を強行した。

(二) 被告靖は、原告らが本件建物の建築中にこれが堅固建物であることを察知し、五日間の猶予を与えて対応を求めたにもかかわらず、誠意ある回答を行わず、本件建物の竣工を強行した。

(三) 被告らは、本件賃貸借を巡る紛争が訴訟に至った後も、本件特約の成否、内容を争い、さらに、本件建物の堅固性を否定するなど、一貫して背信的な態度を執り続けた。

(四) 以上のとおり、被告らには、本件賃貸借契約当初から重大な債務不履行があり、原告らがその債務不履行に対して信頼関係に従い対応してきたにもかかわらず、現在に至るまで被告らの背信的対応は継続している。従って、原告らと被告工との間の信頼関係は、既に破壊されたものというべきである。

5  被告靖は、本件建物の所有者であり、前記3の解除以降も、同人、被告工及び同株式会社安藤製作所は、本件建物に入居して、本件土地を占有している。

6  本件土地の賃料相当損害金の額は一か月金四万二〇〇〇円を下回らない。

7  よって、原告らは、被告靖に対しては、本件土地の共有権持分に基づき、本件建物の収去と本件土地の明渡しを求め、被告株式会社安藤製作所に対しては、本件土地の共有持分に基づき、本件建物からの退去と本件土地の明渡しを求め、被告工に対しては、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件建物からの退去と本件土地の明渡し及び右明渡しの遅延損害金として本件賃貸借契約解除の日の翌日である昭和六〇年一二月四日から右明渡し済みまで一か月金四万二〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)は認め、(二)は否認する。

原告らと被告工は、被告らが住居兼工場又は事務所として永久的に使用する建物を本件土地上に建築するため、本件賃貸借契約を締結したのである。

従って本件特約も、HD型のような建物で、且つ建築確認を取得し得る建物を建築するという趣旨であって、HD型に限る趣旨ではなかった。

2  同2の事実のうち、本件建物が堅牢性、耐久性、解体収去の困難性の点でHD型を大幅に上回る堅固建物であること及び本件建物及びHD11型の価格については否認し、その余は認める。

3  同3の事実のうち、原告ら主張の日時に、原告ら主張の問い合わせ及び解除の意思表示が到達したこと原告らが被告靖に面談したこと及び原告らがその際被告靖に五日間の猶予を与えたことは認め、その余は否認する。

4  同4については、(一)のうち、被告工が稲葉から本件土地の賃借権を譲り受けたこと及びその対価が金四二〇〇万円であることを認め、その余は否認し、信頼関係破壊の主張は争う。

右賃借権の譲り受け価格は、むしろ高額であり、また、本件土地上に建築する建物としてHD型を提示したのは原告側である。

5  同5の事実は認める。

6  同6は争う。

三  抗弁

仮に本件特約違反の事実があるとしても、以下の事由に照らせば、本件賃貸借関係に関する信頼関係は、未だ破壊されていない。

1  (違反の理由)

本件建物が、HD型を上回るものであったとしても、次の理由によるやむを得ないものであるから、何ら信義則に反しない。

即ち、本件土地は、防火地域と準防火地域にまたがっているため、全体として防火地域として扱われ、防火建築物以外の建築は認められないところ、HD型のような軽量鉄骨構造では強度上防火措置がとれないことから建築確認を取得し得ず、そのため被告靖は、建築確認の得られる最低限の建物を建築すべく何度も設計変更と建築確認申請を繰り返し、ようやく本件建物の建築に着工したものである。本件土地の賃借権の譲り受けから本件建物の棟上げまで約八箇月かかったのもそのためである。即ち、被告靖は、建築確認の得られる最低限の建物を建築したにすぎない。

2  (両当事者の対応)

(一) 本件特約が、HD型の建築に限定する趣旨であったのであれば、原告らとしては、更にHD型の販売元であるシンワハウスの所在地や、実際に被告らとシンワハウスとの間でHD型の受注契約が締結されているのか、また、建築確認は得られるのかなどの点についても確認すべきである。原告らは、それにもかかわらず、これらの確認を一切行っていない。

(二) 原告らは、本件建物の棟上げ直後に、本件建物の建築現場を見に来たが、その後数回にわたって建設現場の写真を撮影するなどして証拠固めをしていた一方、竣工直前に至り、原告らの本件訴訟代理人(以下「小室弁護士」という。)を通じ、法律には素人の被告らに対して、被告らの本件特約違反を主張する内容証明郵便を送付してきた。

(三) 被告靖は、右(二)の書面の到着後、直ちに小室弁護士と面談して、その要求に従い五日間本件建物の建設を中止し、解決金として金二一〇万円の支払いを申し入れ、更に本件訴訟継続後の和解期日においても、相当額の和解金の支払いを申し出るなどして、可能な限り誠実な対応を尽くしてきたものである。

これに対し、原告らは、被告らの二一〇万円の解決金支払いの申し入れを一顧だにしなかったのみならず、対案を示すこともせず、被告らの右解決金提供申し入れの日の二日後に被告靖に到達した書面を以て解除の意思表示をしたのであり、到底誠意ある姿勢を示しているとは評価し得ない。

3  (当事者間の均衡)

本件土地上に本件建物が存在しても、原告らには特段の損害はない。これに対し、仮に本件賃貸借契約が解除され、本件建物が収去されれば、被告らはその仕事と生活の本拠を失うことになる。さらに、本件賃貸借契約関係の消滅により、被告工は本件土地の賃借権の対価であった金四二〇〇万円を失うことになり、他方、原告らは、本件土地の賃借権の譲渡にあたって稲葉から取得した金六三〇万円の譲渡承諾料を利得することになる。しかも、右六三〇万円という金額は、鉄骨建物の所有目的の賃借権の譲渡承諾料の相場である借地権価格の一割五分に当たる。

したがって、本件賃貸借契約の解除を認めることは、当事者間の均衡を著しく害するのみならず、建物保護という国民経済上の要請にも反する結果となる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件土地が防火地域と準防火地域にまたがっていることは認め、その余は否認する。HD型であっても建築確認を取得することは可能である。

2  同2(一)の主張は争う。

3  同2(二)の事実のうち、被告靖が金二一〇万円の支払いを申し出たとの点、原告らが証拠固めをしていたとの点及び被告らが誠実に対応していたとの点は否認し、その余は認める。

被告靖が支払いを申し出た金額は、一〇五万円である。

4  同3の事実のうち、稲葉が承諾料として原告らに提供した金額が、鉄骨建物の所有を目的とした借地権の譲渡承諾料の相場であるとの点及び本件建物が被告らの生活及び仕事の本拠であるとの点は否認し、その余の事実は認め、本件賃貸借契約の解除により当事者間の均衡を著しく害す結果となるとの主張及び本件建物の収去は、建物保護という国民経済上の要請に反するとの主張は争う。

五  再抗弁

1  (抗弁1について)

仮に、HD型では建築確認が得られなかったとしても、これにより、当然に本件賃貸借契約の内容が建築確認が得られるように変更されるものではない。そのような場合には、合意の相手方である原告らに対して再度協議を申し入れて、契約の変更を図ることが信頼関係上要求されているのであり、右の協議が整わなかったときには、借地法八条の二の規定が裁判所に対する条件変更の申立てを認めているのであるから、右申立をすべきであり、被告らが一方的に本件特約を無視して、本件建物の建築を強行したことは、重大な背信行為というべきである。

2  (抗弁2(二)について)

原告らが、本件建物の棟上げ後、暫時被告らへの違反是正の申入れをしなかったのは、被告らの用法違反の事実が確認できるまでは違反是正の申し入れを控えていたところ、シンワハウスの所在地の覚知が困難であったため、本件建物がHD型ではないことの確認が遅れたからにすぎない。

3  (抗弁3について)

被告らは、本件土地の近隣に約五〇坪の土地を賃借して同土地上に建物を建築し、その建物を工場及び住居として使用している。したがって本件建物を収去しても、被告らの仕事及び生活に重大な影響を与えることにはならない。

六  再抗弁に対する認否

いずれも争う。

七  再々抗弁(再抗弁1について)

被告らが、原告らに対し、特段の申し入れをすること無く本件建物の建築を開始したのは、本件賃貸借契約上、建物は契約の締結から一年以内に建築することと合意されているにもかかわらず、抗弁1記載の事情により、設計のし直し等に時間がかかり、原告らに相談する余裕が無くなった上、被告らは、本件建物が本件特約に違反するものではないと認識していたからである。また、仮に被告らが、本件特約の変更を申し入れたとしても、原告らは形式的な契約書の文言を盾にして、不当に高額の承諾料を要求したであろうことは明らかであるから、被告らが事前に申し入れをすることなく、本件建物の建築に着手したとしても特段信義則に反するものではない。

八  再々抗弁に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  (本件賃貸借契約及び本件特約について)

1  原告らと被告工との間に、請求原因1(一)のとおり本件賃貸借契約が成立した事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  同1(二)の本件特約の存在については、原告茨田尚本人(以下「原告本人」という。)の供述中にこれに副う部分がある他、《証拠省略》に、これを明示した文言が認められる。しかし他方、被告安藤靖本人の供述中には、被告靖は、被告らの仲介業者である南商事不動産の訴外小林篤(以下「小林」という。)に対し、HD型のような建物を建てるという趣旨を原告らの仲介業者である京浜相互不動産の訴外川村敏(以下「川村」という。)を通し、原告らに申し入れるよう指示しただけであり、HD型に限定する樹脂ではなかったとの部分があり、証人小林の証言中にも、これに副う部分があるので、さらに検討を加える。

(二)  《証拠省略》によれば、原告らは、本件土地上に建築される建物の堅牢性について重大な関心を有していたことが認められる。右事実と前記甲第四号証が、小室弁護士立会いの上作成された公正証書であり、同号証、同第一〇号証の三、第一四号証及び第一五号証上の本件特約条項が、シンワハウスのパンフレットを引用するという形で規定されていることを合わせ考えれば、原告らは、本件土地の用法をHD型の建築に限定し、かつこのことを明確化するために本件特約を締結したものと認められる。

したがって、原告らが、HD型のようなものという趣旨ないしはHD型に限定されるものではないという趣旨で、本件特約を締結したものではないことは明らかである。

(三)  《証拠省略》によれば、原告らは、小室弁護士、川村及び小林を通じ本件賃貸借契約締結前に、あらかじめ本件特約の記載されている前記甲第一二号証を被告らに交付し、昭和六〇年二月二八日の小室弁護士立会いの上での本件賃貸借契約の締結の際、本件特約を明記した契約書(前記甲第一四号証)を作成し、さらにこれに基づいて同年三月二八日小室弁護士立会いの上、公正証書(前記甲第四号証)を作成し、それにあたっては、被告工の被告靖に対する公正証書作成の委任状(前記甲第一五号証)に右契約書の写しを添付したことが認められる。これを、一2(二)認定の各事実と合わせ考えれば、原告らは、本件特約の趣旨を被告らに徹底し、後日誤解や紛争を生じさせないために右のような慎重な手続きを執ったものと認めるのが相当である。

(四)  これに対し、被告靖本人の供述中には、同人が初めて本件特約の条項を目にしたのは公正証書作成時であったこと及び右公正証書作成時にも公証人が本件特約条項を読み上げた記憶がないとの供述がある。

しかしながら、《証拠省略》によれば、被告側の本件賃貸借契約に関する意思決定を実質的に行っていたのは被告靖であることが認められるが、右のような立場にある同人が、原告側弁護士から提示された契約書案、契約書及び公正証書作成に関する委任状に添付された契約書の写しの何れにも目を通していないとは考えられず、また、公証人が本件特約条項を読み上げていないという供述も、あいまいかつ極めて不自然なものである。のみならず、被告靖本人は、本件特約締結の経緯全般について、自らに不利益な部分に至るや、記憶が無いとの供述を繰り返しているが、本件特約は、被告らがその仕事及び生活のため建築する建物をどのようなものにするのかという点に係るのであるのから被告らにとって非常に重要な合意というべきであるにもかかわらず、かような重要な事項について記憶が無いというのは不合理である。

したがって、被告靖本人のこの点に関する供述は、その芳しからざる供述態度と合わせ考えて措信し得ないというべきである。

(五)  以上の認定、判断によれば、仮に当初の被告らの意図が、HD型のようなものを建築するという程度のものであったのだとしても、あるいはそうでないとしても、いずれにせよ遅くとも本件賃貸借契約締結時には、原告らのみならず、被告らも、請求原因1(二)のとおり、本件土地の用法をHD型の建築に限定する本件特約の存在及びその趣旨を認識していたことが認められ、右認定を履すに足りる的確な証拠はない。

二  (本件建物の堅牢性について)

1  請求原因2(一)の事実について判断するに、《証拠省略》を総合すれば認められる事実及び当事者間に争いのない事実は以下のとおりである。

(一)  本件建物の基礎は、直接地業工事として地表より約一〇五センチメートルまで根切工事を施し、割栗石を約一五センチメートルの厚さに敷き、その上に捨てコンクリートを五センチメートル打った上に、基礎スラブとして鉄筋コンクリート造のベタ基礎を設けている。さらに、支柱にはスタッドボルトが工場溶接されており、基礎柱と支柱の接合性を著しく高めている。

(二)  本件建物の支柱は、それぞれ一般構造用圧延鋼材SS41(JISG3104の規格表示による。)のうち、二〇〇×二〇〇×一二、二〇〇×二〇〇×九、二〇〇×二〇〇×六、(A×B×t,JISG3466のサイズ表示による。)の各角形鋼管及び一七五×一七五×七・五×一一(H×B×t1×t2,JIS G3192のサイズ表示による。以下同じ。)のH形鋼を、大梁は四〇〇×二〇〇×八×一三、三〇〇×一七五×七×一一、三〇〇×一五〇×六・五×九、二五〇×一二五×六×九の各H形鋼を使用し、これら鋼材の継手、仕口などの節点は主に工場溶接により接合され、ボルト締めの部分も接合部材接触面の摩擦抵抗によって力を伝える高力ボルトの一種であるハイテンションボルトが使用されている。

(三)  本件建物の鉄骨部分には、石綿を主成分とした被覆材が吹き付けられ、鉄筋コンクリート造の建物に匹敵する耐火性を備えている。

(四)  さらに、基礎スラブ以外のスラブについても、デッキプレート工法が採用されている。

(五)  HD型は、鉄筋コンクリート布基礎(連続フーチング、)軽量鉄骨造、土台は木製九〇×九〇及び鉄骨一〇〇×五〇×五で、支柱及び梁も細い、いわゆるプレハブであって、永続的なものではなく、耐用年数は、木造と同じ程度であるが、解体収去ははるかに容易であり、本件建物に比較して堅牢性、解体収去の難易、価格の点において著しく異なる。

2  以上の事実によれば、本件建物は、いわゆる重量鉄骨造であって、かつその工法上、堅牢性、耐火性、解体収去の困難性のいずれの観点からも、HD型を大幅に上回る堅固建物と認められ、これを履すに足りる十分な証拠はない。

なお、被告らは、鉄筋コンクリート造の建物に比べれば、本件建物の堅牢性や解体収去の困難性が劣るとして、本件建物が非堅固建物である旨を主張している。この点につき、《証拠省略》によれば、本件建物は、確かに鉄筋コンクリート造ではなく、解体収去も鉄筋コンクリート造よりは容易であるが、木造及び通常の鉄骨造よりは困難であり、また、耐火性は鉄筋コンクリート造と同程度であり、信頼性は鉄筋コンクリート造より上回り、堅牢性は鉄筋コンクリート造と同程度か、これを若干下回る程度であることが認められる。また、借地法二条は堅固建物の例示として、石造、土造、煉瓦造りの三種を挙げ、これに類する建物を堅固建物としているのであって、鉄筋コンクリート造以外は堅固建物に該当しないという解釈は相当ではない。

したがって、本件建物が鉄筋コンクリート造でないことは、堅牢性等に関する前記判断及び堅固建物であることの判断の妨げとならない。

三  (解除の意思表示について)

請求原因3の事実のうち、昭和六〇年一二月四日に本件賃貸契約の解除の意思表示があったことは、当事者間に争いがない。

四  (信頼関係の破壊について)

以下請求原因4、抗弁1ないし3、再抗弁1ないし3及び再々抗弁の各事実について、合わせて判断する。

1  (本件建物建築までの事情―請求原因4(一)及び抗弁2(一)―について)

(一)  既に認定した事実に《証拠省略》を合わせ考えれば、原告らは、本件土地の賃借権の譲渡に当たって、新しい賃借人が建築する建物に強い関心を抱いて承諾の可否につきこれを重視し、弁護士を依頼して、譲渡の承諾と建物の特定についての交渉に当たらせ、被告側の申出によるHD型に限定されることを再三確認し、これを公正証書にまで明記したことが認められる。したがって、原告らとしては、本件特約を被告らに徹底させ、守らせるために通常採り得る全ての手段を尽くしたものということができ、他方、被告らは、これを確約したものと評価される。かつ、本件賃貸借契約が、借地権の価値が既に社会的に高まり、土地所有者側の収益のため採り得る行動が限られてきている現代において締結されたものであり、土地所有者としては、建物の朽廃・建替との関係での耐用年数、買取請求等との関係での建物の価格及び地代・承諾料等との関係での建物の種類に関心を持たざるを得ない状況を考えると、原告らの本件特約への関心は、重大な利害関係のある事柄についてのものであって、不合理ではないというべきである。

しかるに《証拠省略》を総合すれば、被告らは、原告らにHD型を建築しないことを何ら通知せず、HD型では建築確認を得るのが困難であることや、本件建物を建てることを説明しないまま本件建物を建築したことが認められる。

以上の経緯からすると、被告らの本件特約違反は、通常の用法違反とは異なり、極めて背信性の高いものといわざるを得ない。

(二)  既に認定したところによれば、本件建物とHD型との差異は、軽微なものではなく、その耐久性、堅牢性、解体収去の難易、価格等の点で、大幅に異なるものであり、本件特約の違反は、客観面から見ても、形式的なものではなく、重大な実質的違反といわざるを得ない。

(三)  原告らは、被告工が、稲葉から普通建物の建築を目的とした借地権として本件賃借権を廉価に譲り受けたことを主張し、被告らは、原告らが右借地権譲渡にあたって取得した承諾料は、鉄骨造の建物の所有を目的とした借地権の譲渡承諾料担当額であって高額であることを主張しているので、この点について検討する。

被告らが、稲葉に本件土地の賃借権の譲受けの対価として支払った金額(以下「本件譲渡金額」という。)が金四二〇〇万円であったこと及び原告らが稲葉から右賃借権譲渡の承諾料(以下「本件承諾料」という。)として取得した金額が金六三〇万円であったことについては、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、本件譲渡金額は、非堅固建物の所有を前提にしたものであり、しかも稲葉側の事情により右金額はほぼ相場並みないしは若干低目であったことが認められる。

また、《証拠省略》によれば、本件承諾料は単に本件賃借権の名義変更に対するものにとどまらず、改築承諾料及び従来の賃借人である稲葉との間で既に四~五年経過していた賃貸借期間を被告工との間で本件賃貸借契約時から二〇年間としたことによる期間延長相当分を含むものと認められる。したがって、本件承諾料が、鉄骨造建物所有目的の借地権の譲渡承諾料に相当するとか、相場よりも高いとか評価することはできない。

そうすると、右事情は、被告らの背信性を裏付ける事情の一つではあっても、その背信性を低めるものではないと認められる。

(四)  さらに、被告らは、抗弁2(一)において、本件特約が、HD型に限定されるという趣旨であるのならば、原告らは、シンワハウスの所在地や、HD型受注の有無、建築確認の可否について確認するべきであったと主張するが、HD型の受注の有無の確認等を原告側に要求するのは、原告側において被告らが本件特約に違反することを予定せよというに等しいものであり、また、建築確認の可否についても、どのような建物を建築するのかを選択する主体及び建築確認申請の主体が借地人である被告らである以上、被告らがその可否を検討確認すべきであり、被告らからこの点の疑問提起等がなされないうちに、原告側からその検討確認をすべきであるとはいえない。

2  (違反の理由―抗弁1、再抗弁1及び再々抗弁―について)

(一)  抗弁1について判断するに、《証拠省略》によれば、本件土地の約三分の一が防火地域、残り約三分の二が準防火地域に指定されており、したがって本件土地全体が防火地域として扱われ、防火建築物以外の建物については、原則として建築確認が得られないことが認められる。

右の条件下で、本件土地上にHD型を建築する建築確認を取得し得るかについて検討するに、シンワハウスのパンフレットには、HD型の特徴として耐火性に優れているとの記載のある反面、準防火地域での建築も可能である旨の記載があり、また、HD型が軽量鉄骨構造であることは当事者間に争いがないが、一般に軽量鉄骨構造の建物は、耐火建物に次いで耐火性があるとされていることに鑑み、HD型では本件土地上での建築確認は取得できない可能性があることが推認される。

しかし、他方、HD型あるいはHD型に耐火構造上の措置を加えた建物に建築確認が絶対に下りないと認めるに足りる的確な証拠はなく、また、重量鉄骨の建物であっても、接合部を通常のボルト締めあるいはリベット締めにすること等により、耐火性を確保しつつ本件建物よりも解体収去の容易な建物を建築することも可能であったと考えられるから、本件建物が建築確認を取得し得る最低限のものであって、被告らにとって本件建物を建てるほかなかったとまでは認められない。

(二)  しかしながら、いずれにせよ、被告らとしては、既に認定した契約締結経緯に照らせば、再抗弁のとおり、本件特約の下では建築確認の下りる建物を建築することが困難であることが判明したというのであれば、その段階で、直ちに原告らに対して、契約条項の変更を申し入れて協議を尽くし、場合によっては賃貸条件や、承諾料等も改訂すべきである。また、仮に当事者間で合意が成立しなかった場合には、さらに裁判所に借地条件の変更を申し立てるという手続き等を執ることが信頼関係上当然に期待されるのであって、右協議や手続きにおいては従前被告らが支払った借地権譲受の対価、原告らが取得した承諾料の額及び建物建築期間の延長等も当然考慮されるのであって、場合によっては、被告らによる賃借権譲渡契約や、本件賃貸借契約の解除も問題となるであろうから、右手続き等を執ることについて、被告らには、何らの障害もないというべきである。したがって、被告らが、右協議や手続きを執ることを怠り、HD型を建てないことの通知さえもせずに、原告らに無断でHD型と異なる本件建物の建築を一方的に強行したことは、重大な背信行為に該当するというべきである。

(三)  被告らは、再々抗弁として、本件特約の内容を認識していなかったこと及び建築確認の取得に時間がかかり、原告らに相談している余裕が無かったことを主張している。

しかし、被告らが、本件特約を確定的に認識していたことは前判示のとおりであり、また、被告らはHD型で建築確認を取得し得ないことが判明した段階で、直ちに原告らに契約条項の改訂を申し入れるべきであるから、設計変更と建築確認申請の繰り返しで建築確認の取得に時間がかかったとしても、それは原告らに対する通知や本件特約の変更の申し入れを怠った理由にはならないというべきである。のみならず、《証拠省略》によれば、本件建物建築中に被告らが建築表示をしていなかったことが認められるが、右事実によれば、被告らは、契約違反であることを認識しつつ、これを秘匿しながら本件建物の建築を強行したものであることが推認される。

3  (本件特約違反発覚以降の事情―請求原因4(二)(三)、抗弁2(二)(三)及び再抗弁2、3―について)

(二) 請求原因4(二)のうち、原告らが、昭和六〇年一一月二〇日到達の書面を以て、被告靖に釈明を求めた事実及び同月二七日に被告靖と小室弁護士が面談し、同弁護士が、被告靖に対し、五日間の猶予を与えた事実については、当事者間に争いがない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、その時点では、本件建物はその構造部分及び外壁がほとんど完成しており、したがって、HD型に改築することは勿論、本件建物の構造部分を根本的に解体しない限り、他の建物に変更して建築することは不可能に近かったことが認められる。

それ故、この猶予期間を以て本件建物の建築変更の機会を与えたものと評価することはできない。しかし、原告らは、これにより被告らに対し、本件建物の解体、あるいは借地条件の変更等を含む事後的な解決方法の提示を求めたものと評価することはできる。

(二) 請求原因4(三)抗弁2(三)のうち、被告靖が、右猶予期間の経過後、解決金として支払いを申し出た金額が二一〇万円か一〇五万円かについては、当事者間に争いがあり、二一〇万円の提示を認めるに足りる的確な証拠はないが、いずれにせよ、被告らの背信行為の重大性等の既に認定してきた諸事情に鑑みれば、原告らが、右申出を受諾せず、被告らに到底誠意ある対応は望めないと判断して、直ちに解除の意思表示を行ったとしても、特段の不当性は認められない。

そして、被告らが結局本件建物の建築工事を中止したり、入居を差し控えたり、あるいは解体を申し出たことがないことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、被告らが、本訴提起後、解決金の提示を再々繰り返すなどの努力をしていることは明らかであり、請求原因4(三)は問題としないが、それを除いてもやはり、全体として、事後措置も不適切というほかない。よって、抗弁2(三)の事実をもって、被告らの背信性を大きく低めることはできない。

(三) 被告らは、抗弁2(二)のように原告らが、本件建物がHD型ではないことをその建築中から認識していながら、意図的に被告らに対する異議の申入れを本件建物の建築中止が時期的に不可能になるまで待っていた疑いがある旨主張している。確かに、前記甲第七号証の一ないし二二の撮影は、《証拠省略》によれば、原告側からの釈明を求める趣旨の書面の到達の約二箇月以前から継続的になされているものと認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば再抗弁2の事情の存在も認められ、そうだとすれば、原告らが、本件建物がHD型であるにもかかわらずこれを相当な証拠もなく疑い、その旨を被告らに申し入れた場合、継続的契約である賃貸借契約の性格から、原告らと被告らの間に契約当初から深刻な不信感が生じるであろうことを恐れたとしても不自然ではなく、また逆に、原告らが、被告らが契約当初より本件特約に違反して無断でHD型ではない建物を建築するという重大な背信行為を行うような者であると考えれば、尚更慎重な対応をすべきであるとして行動したとしても、特段異とするに足らないというべきである。

よって、中止申入れの遅延をもって、被告らの背信性を低めるものとみることはできない。

4  (当事者間の均衡―抗弁3及び再抗弁3―について)

被告らは、本件賃貸借契約を解除することによって、被告側は仕事及び生活の本拠を失うのに対し、原告側は借地権の譲渡承諾料を取得し得る等の不均衡を生じ、かつ建物保護の理念にも反する結果にもなる旨主張している。

しかしながら右不均衡なるものは、被告らが自らの背信行為によって招来せしめたものであり、さらに、《証拠省略》によれば、被告らは、再抗弁3のとおり本件土地の近隣に別途作業場を有していることも認められる。(ただし、本件建物の収去により被告らの仕事及び生活に重大な影響を与えることにならないとの事実を認めるに足りる証拠はない。)

また、被告らは、本件土地上にHD型ではない本件建物を建築しても、原告らに特段の不利益はない旨主張しているが、既に認定したとおり、HD型と本件建物とでは、その耐久性、堅牢性、価格等の面において大きな相違があり、承諾料、地代、あるいは契約期間等も異なるであろうから、原告らにとっては重大な利害関係があることは疑いないので、被告らの右主張は理由がない。

また、《証拠省略》により認められる本件建物の状況、価値及び新しさからすると、本件建物の収去は、社会経済上不相当であり、でき得る限り建物維持の方向で考えるべきことは明らかである。しかしながら、建物保護の理念も、その他の事情如何に係わらず常に優先的に配慮されるものではないことはいうまでもない。本件のように、借地人側に重大な背信行為が認められ、土地所有者側が契約を遵守させるべく取り得る手段のすべてを尽くしているときは、その違反を放置するのでは、とにかく既成事実を作出してしまった方が有利ということにもつながりかねず、本件のような特異な事案においては、結果的に建物保護の理念よりも、契約的正義が優先する結果になるとしても仕方がないというべきである。

5  以上の認定判断、殊にHD型と本件建物との差異の大きさ、原告側が弁護士を関与させ、公正証書等を用いてまで本件特約の趣旨の徹底を図っていること、他方、被告側が何らの通知も協議もせずに本件建物の建築を強行したこと、そして、本件特約の違反が原・被告間に安定した信頼関係の生ずる前の契約関係の当初において行われたこと等に照らすと、原告らと被告工との間の信頼関係は、被告らの背信行為によって既に破壊されたものというべきである。

五  (所有及び占有と損害金)

請求原因1(一)のとおり、本件土地を原告らが共有している事実、同5のとおり被告靖が本件建物の所有者であって、昭和六〇年一二月四日の本件賃貸借契約の解除以降も、被告工、被告靖及び被告株式会社安藤製作所が本件建物に入居して、本件土地を占有している事実については、当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、同6のとおり、賃料相当額が一か月金四万二〇〇〇円を下回らない事実が認められる。

六  以上の認定判断によれば、本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、仮執行の宣言については相当ではないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野博之)

〈以下省略〉

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